2009年02月07日

神の子としての意識

神の子とは、100%神の子意識に立つことで自らの神性と不浄な想いを分別できる意識に立てる人を言うのです。

誰もが神の子意識に目覚める以前は、様々な不信に満ちた不浄の想いが意識の中に渾然一体しているのですが、この不浄の想いは神の子としての自らの神性から湧き出た想いではないのです。

通常この不浄な想いは自分から湧き出たものと錯覚してしまい、自分は穢れた者であると誤解してその呪縛に支配されてしまい易いのですが、実のところこの想いは、神の子意識から湧き出た想いではなく、神の子に救いの光を求めて憑依する有象無象の人霊達の不浄な想いであることに気付く必要があるのです。

人は本来100%神の子として創造されているのであり、不浄な想いは、後天的に神の子意識に目覚めていない人霊たちの想いであることをしっかりと認識する必要があるのです。この神の子としての100%の自覚に立つことが出来れば、様々に湧きあがる不浄の想いは自らの想いではなく、神の子意識に目覚めた者に憑依する人霊達の想いであることに気付くことが出来るのであり、それにより不浄な憑依霊たちは自ら離れていくのです。

これらの有象無象の憑依霊たちは、私たちが神の子意識から遠のいた隙を狙って憑依してくるのであり、人は知らずの内にこれらの憑依霊たちの想いに支配されてしまうのです。

不浄な想いは神の子意識から生じるものではなく、神の子意識に乏しい自らに憑依する霊たちの想いであることをしっかりと分別し、そして彼ら憑依霊たちには、「霊界創生の基本」の祈りを通して救いの道をしっかりと示してあげる必要があるのです。

感謝合掌
posted by Francisco Gabriel at 14:21| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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